昭和39年12月28日 夜の御理解



 元気な心で信心するという事は、どういうことか。自分がおかげを頂かなければならない、あもう眠かつも、しゅるしいかつも辛抱して、言わば、元気まぎだしてお参りをしてくる、そういうことじゃないと思うですね。 元気な心で信心せよということは、どういうことかと。先ほど私は勝彦のことを思いふけっとった、そこであることをストーブの側でそしたら、あの妹がお墓参りから帰ってまいりましてから。
 昨日は兄さんこういことじゃったというてから、あの、私に話すんです。昨日、勝彦のところに五回も友達から電話がかかりよった、もう移り代わり、中学生時代の友達が、あもう年末ですから、あっちこっちから帰ってきておりますから同窓会をしようとこういう電話、誘いの電話らしい。ところが、もうその勝彦が電話を受けながら、もう本当に久しぶりであったと言うことの挨拶やら話やら一生懸命。
 まあ楽しみにしておったけれども、ことその同窓会と言う事になったら決然として。それはどうでも出来んからと何回電話が掛かって来ても、それを断っておったと言うことである。私は元気な心とはそういう心ではなかろうかと思うんですね。さあその妹が言うんです、さあと言うふうには全然なかった、もうそれこそすっきりしたものである。そりゃちょっといっぺん親先生にでも相談しみろと、いっぺん尋ねてみようとさあというてこう迷うものが一つもない決然としたもの。
 学院を卒業してから善導寺に帰らせてもらって、ここの青年会の方達が信心実習会をするというので、こちらからお願いに行った。親先生はそれをそれこそ決然として断れた、帰されないという、もうそれ以来、もう決して帰らんぞと、こう心にこの決めておるらしい、自分からは、親先生、親奥様が帰らなとこう仰る時は別として自分から、さあ、目の鼻先にあるのでございますけれどもです、ね。
 もう帰らんぞと、これが何年間それであってもです、ね。もう帰らんぞと言うと心に決めきったと、思い切ったと言うこと。私は元気な心とはそういう心だと思うてですね。断食修行、私がさせて頂きよる時分に土居の共励会に参りました。土居の共励会と言うのは私が善導寺の教会から参っております、してお話をしておる時分のことでございました。もう、私が来るからと言うのでたくさんな、そのたくさんなというか、その時分にはもう食べ物が珍しい。
 もう餅でもつくちね、あんこの入った餅でも、作ってあるということは、大変珍しいことであった。お神酒はないけれどもその。例えば闇の焼酎でもあればそれこそ、大変な広大なものであった。もうアルコールを薄めて、飲もうという時代ですから。そんなら、大坪さんが見えるけんで、今日は餅なんと搗いとけ、焼酎なっとん用意しとけというて、その主人が申しますから。今日はしとりますけん、どうでもこうでも、頂いてくださいとこう云うわけ。
 私そのことを神様にお届けと言うよりも、お伺いをさせてもらった。私は断食中でったそしたら神様はですね、もう「伺う心は食べたい心じゃと」仰っしゃいました。私が本当にいつまで断食とこう決めて折るならです、誰がなんと言うたってそれを決然として私はそのとき断れば良かったんですが、心の中にはです、そのぼた餅やら焼酎やらが心に引っかかる。ですからお伺いをすると言うこと。
 お互いが信心をさせて頂くならです、やはり、決然としたものがなからなきゃいけません、そいうのが筋金が通っておるというんじゃないでしょうかね、何にも出来ません、例えば、勝彦の例をとりました、でけませんけれども、このことだけは決然として、言わば、元気な心で信心をしておるという、なら、そいういうことじゃないでしょうか。ね。まあ、とにかくお伺いしてみろと、もうそのへんはね、あのしたごたにする人があります。もうこれは神様のご都合であると思いました。
 というて、自分の心にこう定めきっておることをですね、その良いほうへ、楽なほうへ、こうとっていこうとするですね。いわゆる、神様のお許しを頂くまでこちらから言うんじゃないです。勝彦の場合であったら親先生のお許しの頂けるまでは帰らんぞと、こう決めておるその心がですね、例えばそういう、例えばまだ(あんた?)この来年の一月がようやく21歳です。いうなら遊びたいさかりいっぱいの時です。
 同窓会と言うなら本当に飛びついて、あっそうかよか幸いでその親先生にお伺いをしてから言えば、お許しを下らん事もなかろうけれどもです、自分の心の中にもう決めておる。いわゆる決然として断られると言う事。本当にその事を聞かせて頂いてから、本当に神様に有り難いなあと、元気な心で信心がでけておると言う事を、まあお礼申させて頂いた事で御座います。元気な心で信心をすると言う事はそう言う事だと私は思います。
      おかげを頂かなきゃでけません。